【キングダム】5分でわかる歴史考察!(春秋戦国~三国志まで)

      2016/12/20

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出典:http://www.nhk.or.jp/anime/kingdom2/

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中国の歴史をもとにした、映画とか本、ドラマなどは色々ありますが、どんなものを思い浮かべるでしょうか。

一般的に有名とされているのが「三国志」。横山光輝先生の漫画です。この漫画は本やゲームなどにも次々と登場し、テレビでも取り上げられたので知っている人も多いと思います。

その他にも最近テレビ朝日の「アメトーク」で放送され、人気が急上昇した漫画「キングダム」。熱いストーリー展開に加えて、春秋戦国時代という今までほとんど描かれなかった時代背景がとても新しく感じました。

後は「項羽(こうう)と劉邦(りゅう ほう)」「水滸伝(すいこでん)」「岳飛伝(がくひでん)」「隋唐演義(ずいとうえんぎ)」「封神演義(ほうしんえんぎ)」など、たくさんの人気作品があって、読みきれないほどです。

でも、これらの歴史書の背景がいつの時代で、どういう流れになっているのかをちゃんと分かっている人はあまりいないのではないでしょうか。そんなわけで、今話題の「キングダム」が気になってしょうがないという中国の歴史初心者のみなさんが多いので、有名な「三国志」の時代までの中国の歴史を考察していきたいと思います。

 

一番古い王朝・殷(いん)から周(しゅう)までの成りたちと滅亡

 

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中国の歴史を考察していく上で、人間が残した痕跡(例えば、遺物、遺構など)の研究を通し、分かっている一番古い王朝が「殷(いん)」です。(歴史の本では夏(か)を滅ぼしたとされていますが、まだ明らかになってはいません。

紀元前17世紀頃に起こり600年の長きわたって国を治めていましたが、最後の王である帝辛(ていしん)が愛した妲己(だっき)という悪い女子によって国が乱れ、滅亡してしまいます。この時代を描いた本が「封神演義(ほうしんえんぎ)」です。

その後「周(しゅう)」という国が起こります、紀元前7世紀になると周(しゅう)は東西に分かれてしまいます。周(しゅう)の王への尊敬の念は無くなり、次の中華統一の地位を狙う者たちがいくつかむやみやたらにする現れる時代春秋戦国時代(しゅんしゅうせんごくじだい)へと突き進んでいきます。

春秋戦国時代から秦の中華統一まで(キングダムの世界)

 

そしてこの春秋戦国時代(しゅんしゅうせんんごくじだい)から秦(しん)の中華統一が漫画「キングダム」の舞台となっています。時は春秋戦国時代(しゅんしゅうせんごくじだい)。(そんなに大昔話だったの!と驚いた人もいるのでは?)

春秋戦国時代(しゅんしゅうせんごくじだい)は、500年間も続いた戦乱の時代。日本では縄文時代(じょうもんじだい)が終わり、弥生時代(やよいじだいが)に移ろうとしている時でした。

100近くあった国が争っていた春秋戦国時代(しゆんしゅうせんごくじだい)でしたが、時がたつにつれて徐々に力関係もはっきりとしてきます。弱く小さな国は強い国に吸収されていき、中国は戦国七雄(せんごくしちゆう)と呼ばれる秦(しん)楚(そ)斉(さい)燕(えん)趙(ちょう)魏(ぎ)韓(かん)という大きな七つの国になっていきます。

その中でも強い国として成長してきたのが秦(しん)でした。漫画「キングダム」は、紀元前221年に中国の歴史の中で初めて中国を統一した秦(しん)の大王始皇帝(しこうてい)を大将軍になることを夢見る主人公・信(しん)を中心に描いた漫画です。

「キングダム」では自分の支配する国民を想いながらも中国統一という強い気持ちを持った青年として描かれる政(せい)ですが、本当は始皇帝(しこうてい)の印象はかなり違います。

中国を統一した始皇帝(しこうてい)は、自分が国の力を独り占めするような考え方の持ち主で、万里の長城(ばんり の ちょうじょう)や始皇帝(しこうてい)の城である阿房宮(あぼうきゅう)の建設などで国民をこき使っていたようです。

自分が年老いるてからは永遠の命を求めた始皇帝(しこうてい)でしたが、紀元前210年に亡くなります。秦(しん)にこき使われた人達は反乱を起こし、秦(しん)は始皇帝(しこうてい)死後わずか15年で滅びることになります。

 

楚漢戦争(そかんせんそう)から漢(かん)の国の誕生まで

 

秦(しん)が滅亡後の紀元前206年から約5年間にわたり、楚(そ)の国の西側を武力で制していた項羽(こうう)と漢(かん)の国の王・劉邦(りゅうほう)との間で楚漢戦争(そかんせんそう)が起こります。

垓下の戦(がいかのたたかい)で項羽(こうう)を破った劉邦(りゅうほう)により、新たな国漢(かん:前漢)が誕生しました。

7代皇帝・武帝(ぶてい)の時代に最も栄えた漢(かん)でしたが、14代孺子嬰(じゅしえい)が、家来の王莽(おうもう)によって王の座から降ろされ、滅亡してしまいます。

漢(かん)の時代になると、国民の生活が貧乏になってしまい、張角(ようかく)というお坊さんを中心に弟子の太平道(たいへいどう)が黄巾の乱(こうきんのらん)を起します。この反乱を機に時代は多くの英雄や実力者たちが各地に勢力を張り、互いに対立して競い合う戦乱の時代へ。

そして、王莽(おうはん)が新(しん)という国を建てますが、人民のためを考えない乱暴なことをしていたため国内は混乱。反乱ばかりが起こる中、漢(かん)を再び盛んに、そして整った状態にするために兵を集めて戦いを起こした劉秀(りゅうしゅう)たち反乱軍が勝ち、新(しん)は一代だけで歴史から姿を消した。

劉秀(りゅうしゅう)は光武帝(こうぶてい)として王となり、「後漢(ごかん)」という国を建てた。一回滅んだ漢(かん)でしたが、結果的には前漢(ぜんかん)の時代を含めて約400年あまり中国全土を治め続けました。

黄巾の乱から三国時代のはじまり

 

漢(かん)の時代になると、国民の生活が貧乏になってしまい、張角(ようかく)というお坊さんを中心に弟子の太平道(たいへいどう)が黄巾の乱(こうきんのらん)を起します。この反乱を機に時代は多くの英雄や実力者たちが各地に勢力を張り、互いに対立して競い合う戦乱の時代へ。

その中で大きな力をつけ、蜀(しょく)と魏(ぎ)そして呉(ご)という国を建てたのが劉備(りゅうび)・曹操(そうそう)・孫権(そんけん)の三人でした。みなさんのよく知る「三国志」の舞台となる三国時代の始まりです。

中国四千年の歴史はまだここまでで半分ちょっと

 

一番古い国から三国時代までをぎゅっと縮めて見てきましたが、みなさんどうだったでしょうか?中国四千年の歴史という言葉がありますが、三国時代の始まりと言われる黄巾の乱(こうきんのらん)が西暦184年なのでようやく半分ということになります。

「な、長い・・・」この後の時代にも、本や映画、ドラマなどで描かれている面白い歴史物語がたくさんあります。「三国志」や「キングダム」がおもしろいと思ったあなた!他のモノも見てみては?

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