【キングダム】「俺が全中華最強の男蒙武(もうぶ)だ!!」

   

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中華最強はこの俺だ!!

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出典:https://www.amazon.co.jp

武力  99
指揮力 92
知力  86
経験値 A
道   天下最強

 

ひたすらにに猛進秦(しん)随一の“攻”

 

父は蒙驁(もうごう)、子は蒙恬(もうてん)という武人の家系に生まれた蒙武(もうぶ)。自らの部隊を率いる大将軍の地位にあるが、昭王(しょうおう)の時代に中華を駆け巡った六大将軍を復活させ、その座に収まるという野望を持つ。

己の武力に絶大な自信と誇りを持っており、戦いはその力を誇示する手段だと思っている。重装騎兵を一蹴するなど、“攻”の戦いにおいての蒙武の力は、誰もが認めるところである。

 

己こそが秦(しん)の武の体現者たる自負

 

政(せい)との会見の際、独立性が高く、反乱を起こすことも不可能ではない。“秦(しん)の六大将軍”の復活の野望を口にした蒙武(もうぶ)だが、目的はあくまでも己の武の証明。

最強とと言われた冠だからこそ欲したのであって、他に意味はないと断言。さらには秦(しん)の武の威厳を昭王(しょうおう)の時代以上のものにしてみせると豪語するが・・・。

呂不韋(りょふい)にたしなめられ、渋々と意見を取り下げている。

 

“策”を超越する圧倒的な力

 

蒙武(もうぶ)の一直線な“攻”は、軍師たちが必死に考えた陣や計を手も足も出ないほどに無力化して叩きつぶす。

時には軍の力というよりも、蒙武一人の武が策を上まわり、防衛戦を得意としていた趙(ちょう)の李白(りはく)ですら、変わり身が早く、思いのままに変化しながら相手を取り囲む戦術、蛇(へび)の陣を力で押し破られ撤退している。

 

王騎(おうき)の死に立ち合い将として一回り成長

 

秦(しん)の六大将軍として名を広く知られるようになった王騎(おうき)を、昔話として笑っていた蒙武(もうぶ)。

しかし、王騎(おうき)の軍の副将として従軍した馬陽(ばよう)攻防戦では王騎(おうき)の軍団を託され、なおかつ相手の策と知りつつも攻め続けたせいで計略にはまり、部隊が壊滅寸前まで陥る失態を犯す。

王騎(おうき)の死の一部の責任をになった蒙武(もうぶ)はこの事から学んだのか、攻め一辺倒ではなく、トゲトゲしさがなくなり深みのある勇ましい将軍へと成長した。

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蒙武軍

 

丁之(ちょうし)と来輝(らいき)を副官に従えた蒙武(もうぶ)直属の軍勢で、その数2万。蒙武(もうぶ)が敵の策にはまっていると知りつつも、忠告することなく、蒙武(もうぶ)が先に進むという意志を示せば全員で補佐をする・・・。

まさに蒙武(もうぶ)の武に対する真っすぐなまでのこだわりがそのまま実現したような軍である。趙(ちょう)との戦いで半分壊滅したが、対合従軍(がっしょうぐん)の戦いでは6万まで総員が復活している。

 

次世代の秦(しん)をになう秦軍最強の猛将

 

蒙豪(もうごう)を父に持ち、中華最強を自負する大将軍で、王騎(おうき)からは秦国軍(しんこくぐん)の顔になる存在と言われた。

秦(しん)の六大将軍を復活させたいと考えており、政(せい)に進言したことがある。長らく呂不韋(りょふい)四柱のひとりであったが、呂氏(りょし)が退いた今はその関係性が薄れている。

 

戦術を用いて楚(そ)の汗明(かんめい)を撃破

 

力技で敵を潰す姿勢を貫いてきた蒙武(もうぶ)だが、合従軍(がっしょうぐん)戦では昌平君(しょうへいくん)の策を取り入れ楚(そ)の汗明(かんめい)軍と激突。最後は一騎打ちの末に汗明(かんめい)を討ち取り、さらに撤退した合従軍(がっしょうぐん)の背後を追撃した。

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