【キングダム】秦(しん)の六大将軍まとめ!!

   

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漫画「キングダム」に登場する秦(しん)の六大将軍まとめ

 

昭王(しょうおう)から「戦争の自由」という権限を与えられた秦(しん)の6人の大将軍。キングダムに登場する六大将軍をまとめてみました。

 

六大将軍

 

秦王昭王(しんおうしょうおう)から「戦争の自由」という権限を与えられた秦(しん)の6人の大将軍。

その存在は、かつての秦国(しんこく)を中華で最も危険な国と言われるまでに、押し上げてきた。昭王(しょうおう)が亡くなってしまうと、六大将軍名を引き継ぐ者が現れず、その武の権威は失われてしまった。

秦(しん)の六大将軍とは、白起(はくき)、王齕(おうこつ)、胡傷(こしょう)、司馬錯(しばさく)、摎(きょう)、王騎(おうき)の6人の将軍のことであり、政(せい)より三代前の王、戦神昭王(しょうおう)が君臨していた時につくられた異例の制度である。

 

白起(はくき)

 

六大将軍の中でも最強。突き出た両眼がいつも血走っている独特な人相で描かれる。

司馬遷(しばせん)は、史記(しき)の中で、白起(はくき)を「料敵合変、出奇無窮、声震天下(敵の力を考えて作戦を変え、奇策を限りなく繰り出した。彼の影響力は天下を震わせた)」と著している。

危ない橋は渡らず、敵がムカついて、ムキになるほど力を抜いて勢いをかわす、みたいな戦い方をし、廉頗(れんぱ)たちからは「六大将軍の中でも最もやりづらい」「正真正銘の怪物」と言われている。

長平の戦いにおいて秦(しん)の総大将を務め、捕虜になった趙(ちょう)の兵40万人を、食料の問題と反乱の危険性を理由に全員生き埋めにしたという逸話も有名だ。

 

王齕(おうこつ)

 

長いヒゲと顔を斜めに走る傷跡そして、六大将軍一の怪力将軍と称され、武器は戦斧(せんぷ:大オノ)を使う。

王 齕(おう こつ:生没年不詳)は、春秋戦国時代末期の秦(しん)の将軍。昭王(しょうおう)・荘襄王(そうじょうおう)に仕えた。その昔、楚(そ)へ侵攻した時、汗明(かんめい)との一騎打ちに負けて撤退していると汗明(かんめい)は話しているが、真実はあきらかになってはいない。すでに亡くなっていて、過去を思い起こす描写でのみの登場している。

 

胡傷(こしょう)

 

胡傷(こしょう)(または胡陽とも)は春秋戦国時代の秦(しん)の武将。客卿(かくけい)。
紀元前269年、胡傷(こしょう)は趙(ちょう)の閼与(あつよ)に侵攻する。しかし、趙奢(ちょうしゃ)の奇策にはまり、敗北を帰した。

 

司馬錯(しばさく)

 

司馬 錯(しば さく 生没年不詳)は、春秋戦国時代の秦(しん)の将軍。司馬靳(しばきん)の祖父、司馬遷(しばせん)の八代前の先祖。恵文王(けいぶんおう)・武王(ぶおう)・昭王(しょうおう)の3代に仕えた。蜀(しょく)の併合事業に尽力し、

また、楚(そ)や魏(ぎ)との戦いで武勲を挙げ、秦(しん)の領土拡大にも貢献した。
紀元前316年、蜀(しょく)で内乱が起き、また韓(かん)が侵攻してきた。恵文王(けいぶんおう)は、対策を決めかねたので、張儀(ちょうぎ)と司馬錯(しばさく)に考えを述べさせた。

張儀(ちょうぎ)は、「征蜀に利益はない。韓を討った上でそのまま周を脅迫し、天下に号令をかけるべきである。」と意見を述べた。

それに対し、司馬錯(しばさく)は、「秦はまだ弱いので、先ずは広大な蜀を手に入れて国力の増強を図るべきである。」と意見を述べ、それとともに周(しゅう)をおどすことの不利益を述べた。

恵文王(けいぶんおう)は、司馬錯(しばさく)の意見を用い、司馬錯(しばさく)が蜀(しょく)を攻め滅ぼした。

 

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摎(きょう)

 

六大将軍の中で一番謎の多い人物。六代将軍の中では一番若かったが、その戦いのむごさは六将一と言われた。

キングダムの描写では、昭王(しょうおう)の娘で、母親の身分が低く、このままでは母子ともに暗殺されると悟った母親によって王騎(おうき)の屋敷に引き取られた。であれば、政(せい)と成蟜(せいきょう)にとってはおばにあたる。

王騎(おうき)を間近で見ていたことで、武の達人へと成長する。戦場に出るかなり前の幼い頃の話は王騎(おうき)と「将軍になって城を百個とったら妻にしてください」という約束をしており、そのために、王騎(おうき)の側近として何度も出陣し武功を挙げていった。

その後も武功を上げ続け、ついには将軍となり、更に戦の才能を開花させ、数年後には大将軍にまで上り詰めた。

 

王騎(おうき)

 

キングダムの描写では、秦(しん)の大将軍の一人。その昔、昌文君(しょうぶんくん)と共に昭王(しょうおう)に仕え、中華全土に名を轟かせた将軍。当時ありとあらゆる戦場にどこからともなく現われ、その武力で猛威を振るったことからついたあだ名が「秦(しん)の怪鳥(かいちょう)」。

王騎(おうき)自身の武力に加え、戦場全体を読み取る知力と指揮力を兼ね備える、恐るべき六大将軍。その首を取れば50の城をとるよりも価値があるとも言われていた。正に生きる伝説。敵味方双方問わずその評価は高い。

また、六代将軍の摎(きょう)の出生秘話を良く知る人物でもあり、同時に、摎(ひょう)が憧れた人でもあった。

趙(ちょう)との戦の序盤。最初のうちはは趙(ちょう)の軍を圧倒するが、深追いし過ぎた秦軍先鋒・蒙武(もうぶ)の援護に向かったところを趙(ちょう)の本軍とその兵とのはさみ撃ちに遭い乱戦の最中龐煖(ほうけん)と一騎打ちとなり討たれる。

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