【陽端和(ようたんわ)】中国の歴史に名を残す実在の将軍!

      2017/02/11

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漫画キングダムでは、中国戦国時代の秦(しん)の将軍として登場する楊端和(ようたんわ)。

陽端和(ようたんわ)の姿は、妙な面をつけている野獣のような戦闘集団の中にあって、色の白い美女として描かれていいます。

そんな、楊端和(ようたんわ)の中国史から見た、人物像についてご紹介します。

 

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楊端和は、中国史にも登場する実在の人物

 

中国史上の楊端和(ようたんわ)は山の民なのか、本当に女性なのか、これに関する情報としては確実なモノは見つかりませんでした。

紀元前3世紀に秦王・政(しんおう・せい)の命で将軍となったという記録は残されています。

しかも、中国史の研究者によれば男性であったという見方がのほうが自然なようです。

中国の歴史書の記録に残されている活動期間は、短く、9年ほどであり、魏(ぎ)を攻めたり、趙(ちょう)を攻めたりして実績を残しています。

活躍していた期間が短いということは、記録が残っている以外の期間は、何をしていたのかわからないという事にもなりますから、

今後、キングダムの中でどう描写されるのかは原作者であられる原先生のさじかげん次第ということになりますかね。

 

陽端和の中国史における史実

 

楊端和(ようたんわ)は中国春秋戦国時代末期の秦(しん)の将軍。 紀元前238年、魏(ぎ)の衍(えん)氏を攻めた。

紀元前236年、王翦(おうせん)桓齮(かんき)と共に趙(ちょう)を攻め、9つの城を落とした。 紀元

前229年、河内の兵を率いて趙(ちょう)を攻め、都の邯鄲(かんたん)を包囲した。

その翌年、王翦(おうせん)と羌瘣(きょうかい)によって趙(ちょう)は滅ぼされた。

ウィキペディアから引用

 

陽端和(ようたんわ)を中国の暦史から考察

 

最初に、キングダムを中国の歴史を参考にしながら考察してみたいと思います。

キングダムとは、万里の長城とかで有名な秦(しん)の始皇帝(しこうてい)「嬴政(えいせい)」が中華を統一するまでを描いた、ヤングジャンプに連載中の漫画です。

では、実際に嬴政(えいせい)が、列強の国々をどのように制していくのか、現在登場している人物などの紹介と合わせて大枠の流れをつかんでいくことにしましょう。

まずは黒羊丘攻略戦から順に国別で見ていきましょう。 キングダムの42巻からは、政(せい)が正式に秦(しん)の王となり、いよいよに列強に打って出る訳ですが、

その最初の敵が、李牧(りぼく)などの三大天がいる列強中の列強「趙(ちょう)」でした。

主人公の信(しん)は、秦(しん)の将軍で、元野盗の桓騎(かんき)とともに、趙(ちょう)黒羊丘(こくようきゅう)で趙(ちょう)の将軍将・慶舎(けいしゃ)と交戦しました。

この黒羊丘攻略戦では、秦(しん)の桓騎軍(かんきぐん)が勝利します。

そして次の戦いでも勝利を治めます。

 

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【キングダム】陽端和『山界を束ねる美しき山の死王』

 

キャプチャ

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若い美人でありながら山界で最強の武力を誇り、山界の部族たちは「血に飢えた女王」と彼女を呼ぶ。

キングダムの公式ガイドブック覇道列記によると、

 

● 武力  95
● 指揮力 99
● 知力  96
● 経験値 B
● 特記  美貌で敵が死ぬ!

 

数百年ぶりに山界を制した死王

 

数多くの山界の部族を束ねる王。女でありながら山界で最強の武力を誇り、山の民の間では「血に飢えた死王」と異名を持つ。

陽端和(ようたんわ)が王となってからは、山の民は力を増していき、その軍団の数は数十万の戦闘集団となっている。

 

性格は豪快だが思慮深い一面も

 

色白の美しい女性であるが、男勝りで、堅い性格。言動は鋭く、誰にでも、まわりっくどい物言いはしない。また、情にも厚く、心を開いた味方に対しては、命がけでも守るといった、正義感があり、山の民からは慕われている。

 

陽端和の領土拡大

 

中国の平地の国々と同じ様に、数百年の間、部族どうしが戦いを繰り返していた山の民。楊端和(ようたんわ)はそれらを力で制したものの、年々、何重にも増えていく防御壁を見つめながら、その都度、山界の国の小ささを実感していた。

『「戦」でも「和」でもいい、もっと国を大きくしたい』

という気持ちを持っていて、それゆえ政(せい)の中華統一の志に共感を示したのだ。

 

政(せい)の申し入れを受け王座奪還作戦に参加

 

はじめは、山界を訪れた政(せい)を先祖の恨みをはらすため、仇討ちをするつもりだった楊端和(ようたんわ)。

しかし、政(せい)の中華統一への話しを聞き、心を動かされ、400年前に秦(しん)との間でかわされた盟を復活させた。

そして政(せい)の味方となり、咸陽(かんよう)で、ともに戦う。

死闘を繰り広げた末、王弟一派の鎮圧に成功、大きく政(せい)に貢献をした。

 

李牧(りぼく)の存在を政(せい)に伝える

 

王弟反乱後、楊端和(ようたんわ)は政(せい)とに連絡すると言い残し、咸陽(かんよう)を後にする。

そして、その後1年間は、山界の統一に集中し、秦(しん)西方の山界のほとんどを平定した。

その行軍の途中で、秦(しん)の北方の騎馬民族・匈奴(きょうど)の兵10万が戦死しているのを目撃する。

そして、趙(ちょう)の怪物軍師、李牧(りぼく)という人物が匈奴(きょうど)で暗躍していることを咸陽(かんよう)に知らせる。

 

黙って貴様らは敗者として史に名を刻め

 

山界を統治する山の民の王

 

秦(しん)より西方に広がる山界で、数々の民族を、女性ながらも若くして武力で統治するようになった王・陽端和(ようたんわ)。

山界の狭さ限界を感じており、中華統一し国境を無くそうとする政(せい)の野心に共鳴。

秦(しん)の危機にたびたび駆け付けている。

 

蕞の戦いで合従軍を撃退!

 

王弟の反乱後は、北方に進軍し匈奴(きょうど)へ侵攻する。

さらに北部の大きな部族・バンゴ族との攻防戦を闘っていた陽端和(ようたんわ)だたが、

合従軍(がっしょうぐん)別働隊の蕞(さい)襲来で、秦(しん)が危機的状況に陥っていることを知り、戦を一時中断して蕞(さい)の城へ駆けつける。

山の民の軍団の強襲により合従軍(がっしょうぐん)は退却を余儀なくされ、秦(しん)の民たちは山の民に深い感謝の念を抱く。

 

秦の将軍となり衍氏城を落とす

 

蕞(さい)での働きを評価され、論功行渉で大将軍に匹敵する大上造(だいじょうぞう)の位を秦国(しんこく)から与えられた楊端和(ようたんわ)。

その姿を悟られぬまま、魏(ぎ)の衍氏(えんし)の城を攻め落とし、新六大将軍としての席に並ぶにふさわしい将軍にまで頭角を現していく。

 

陽端和に関する作者の逸話

 

原先生が解説書の中でで陽端和(ようたんわ)についての逸話を語っていますので、それを引用させていただきます。

『最初の構想では、陽端和(ようたんわ)はお爺さんでした。』

『その孫娘に陽端和(ようたんわ)がいるはずだったのですが、いざ連載が始まると、「その二段構えの構図、必要か?」と考え孫娘がそのまま陽端和(ようたんわ)になりました』。

『後々重要になる陽端和(ようたんわ)の役に羌瘣(きょうかい)とはタイプの違う女性キャラを入れたかったというのもあります』。

蕞(さい)の援軍に現れるというのは、特に史実に基づいたものではないんです』。

『ただ、あの場に駆けつけてくるという構想だけは最初からあったので、それまで一切気配を感じさせないように、山の民のことは描かないようにしていました』。

『陽端和(ようたんわ)を描くときは”作中一の美女”くらいの気持ちで描くので結構疲れます(笑)』。

『キャラの掘り下げはこれからなので、自分でも楽しみです』。

この漫画キングダムでの陽端和(ようたんわ)は原先生が中国の史実を参考にして想像したキャラだったのですね。

『それはそうですよね!』

中国の史実や歴史とは言うものの、歴史書に記されていることだけでは、創造するしかないでしょうし、中国史の真実なんて誰にも分からない夢物語でしかないですものね。

 

まとめ

 

以上、キングダムに登場する中国史にも名を残した陽端和(ようたんわ)の考察でしたがいかがでしたでしょうか?

クールビューティーな楊端和(ようたんわ)、自分もファンのひとりなので、これかも何か情報が入り次第紹介していきたいと思っております。

 

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