【キングダム】張唐(ちょうとう)『こんなもの武将の死に方ではないわァ!』

      2017/02/25


 

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秦(しん)の古参の老将「張唐(ちょうとう)」

 

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昭王(しょうおう)の全盛期より六大将軍の影に隠れながら、蒙驁(もうごう)らとともに戦歴を重ねてきた将軍で、かつては楚(そ)との国境を守っていた。

昭王(しょうおう)の時代から戦場に立ち15歳で初陣を経験してから、50年以上も戦い続け、現在の秦(しん)の軍の中では最長の戦歴をもつ最古参の将軍。

昌平君(しょうへいくん)らにも信頼されてきた、戦争の生き証人でもある。

合従軍(がっしょうぐん)の襲来を受けて呼び戻され、蒙驁(もうごう)、桓騎(かんき)とともに函谷関(かんこくかん)の守備を任された。

昌文君(しょうぶんくん)の言葉通り張唐(ちょうとう)・蒙武(もうぶ)の両将は防衛線を封鎖すべく全力で走っていた。

そして、南虎塁(なんこるい)を破って攻めてきた楚(そ)の軍勢にすばやく対応した。

 

軍人としての豊富な知識!

 

とても頑固で、王の命令には忠実。秦(しん)の武将であることに誇りを持ち、良くも悪くも仕事としての軍人の手本とも言うべき性格をしている。

それゆえ、国を軽く見ている桓騎(かんき)などに対しては折り合いがつかなかったが、痛いところをついて、ためになる忠告をしたりしながら、戦の中で桓騎(かんき)の将としての資質に気づき最終的には彼を認めた。

例えば

「たわけ者共が そんなものが この 函谷関(かんこくかん)に 届くと 思ったのか 」

といった感じで、函谷関(かんこくかん)を攻める合従軍(がっしょうぐん)を一喝(いっかつ)。

函谷関(かんこくかん)を守りきるという自負と、秦(しん)の強さを合従軍(がっしょうぐん)にぶつけていた。

 

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秦六大将軍の影で武功を重ねる

 

経歴に派手さはないが、長きに渡る実戦経験を持つため、安定感をかわれて昌平君(しょうへいくん)が楚(そ)との防衛戦に配置した。

陰の功労者であるため、六大将軍に対しては良い印象を持っていないが、合従軍(がっしょうぐん)との戦いでは念願の表舞台に立った。

そのシーンの中にこんな描写がある。

夜営で酒をくみかわしながら、蒙驁(もうごう)が

「 まっしかし 長生きも 才能のひとつでは あろうて 」「その点では ワシらは奴らに 勝ったと フォ」

と、語ると、張唐(ちょうとう)は

「くはは いかにも」

と返す一幕である。長生きも才能・・・似た境遇のふたりの会話である。

 

合従軍戦で成恢(せいかい)を討つも毒におかされて倒れる

 

合従軍戦(がっしょうぐんせん)では、韓(かん)の軍の成恢(せいかい)の毒を浴び先が長くないことを悟る。

そこで、本陣を捨てて桓騎(かんき)とともに函谷関(かんこくかん)の下に降り立つことを決意。

敵の中に紛れ込み、兵の間をかいくぐって、張唐(ちょうとう)自ら成恢(せいかい)を討つが、その直後に毒によって息絶える。

『こんなもの武将の死に方ではないわァ!』

という張唐(ちょうとう)が毒で死ぬのは不本意だった怒りを爆発させた瞬間だった。

 

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