【キングダム】信の血筋は未来の皇帝 !?

   


 

キングダムの信の子孫は、なんと未来の皇帝に即位していた!

 

漫画キングダムの主人公の信(しん)はまずしい召使から這い上がり、現在、五千の兵の将として活躍しています。

多くのの戦で成果を重ね、黒羊(こくよう)の戦いでは趙(ちょう)の将軍・慶舎(けいしゃ)を討ち取り大きな武功を上げました。

そんな信(しん)ですが、秦王・政(しんおう・せい)が中華を統一すると史実には登場しなくなってしまいます。

しかし、信(しん)の子孫は絶えることなく受け継がれていき、漢(かん)の時代になると「飛将軍(ひしょうぐん)」名で知られる李広(りこう)に脈々と受け継がれていきます。

その後、信(しん)の子孫は漢(かん)・三国時代・晋(ふ)の時代には史実に名を残していませんが、

絶えることなく脈々と受け継がれていき、唐(とう)の時代なると皇帝となるのです。

では、今回はこの信(しん)の子孫の唐の皇帝・李淵(りえん)について見ていきたいと思います。

 

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超ボンボンだった李淵

 

李淵(りえん)は隋(ずい)の時代に生まれた人物で、隴西(ろうせい)という、かつての中国に存在した都の出身で、李氏一族の子孫です。

当時の李淵(りえん)の一族は北周時代(ほくしゅうじだい)の李虎(りこ)の時にまたたく間に一族が繁栄することになり、

八柱国(はっちゅうこく)と呼ばれていた丞相(そうしょう:現在の大臣職)よりも高い将軍の地位を授かっていました。

これにより、隴西(ろうせい)の李氏一族は、名門の一族として、世に名を馳(は)せていました。

そして、随(ずい)の時代に入っても変わらぬ地位を保ち続け、一目置かれる存在でありました。

李淵(りえん)は叔母が随(ずい)の皇帝のお后(おきさき)であったこともあり、随(ずい)の国では、重要な役職を任されることになりますが、

お后(おきさき)の一族ということだけで重要な役職に付いたわけではなく、

自らの実力を周囲の人間に見せつけていき、めきめきと頭角をあらわしていったようです。

 

反乱軍討伐戦

 

李淵(りえん)は文官や州刺史(しゅうしし:現在の県知事)など、次々とりっぱな官職・役職に任ぜられた後、反乱軍の討伐の将軍として選ばれ、国中で起きていた反乱を鎮圧していきます。

その後、隋(ずい)北部で猛威を振るっていた、異民族・突厥(とっけつ)が、隋(ずい)に侵攻して略奪の限りを尽くしていました。

それに立ち向かうため、李淵(りえん)は隋(ずい)のベテラン将軍・王仁恭(おうじんきょう)と共に突厥(とっけつ)討伐にもえらばれます。

李淵(りえん)と王仁恭(おうじんきょう)は連合軍となり、侵攻してくる突厥軍(とっけつぐん)を迎え撃ち、隋(ずい)の北部まで押し返します。

 

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隋に反乱を起こして皇帝に

 

李淵(りえん)は突厥(とっけつ)との戦いの後、しばらく、隋(ずい)北部の太守(たいしゅ:現在の長官職)の仕事を任され、

隋(ずい)北部をまとめていましたが、数年後、自分の領地のある隴西(ろうせい)へ戻ります。

そして、李淵(りえん)は、息子である二代目皇帝・李世民(りせいみん)から

「隋は民衆を酷使し、政治は乱れどうしようもありません。

父上には隋に反乱を起こして天下統一を行っていただきたいと考えております。

これは私一人の考えではなく、諸将の意見も同じです。」

との申し出を受け、李世民(りせいみん)らの話しに驚きますが、李世民(りせいみん)らの言っていることは正しく、迷ったあげく、隋(ずい)に対して反乱を起こします。

李淵(りえん)は軍勢を集めると隋(ずい)の主要都市である長安(ちょうあん)を攻め落し、この地にいた隋(ずい)の帝の一族を皇帝として立たせます。

あくまで、この皇帝は仮の隋(ずい)の皇帝として立てたに過ぎず実際に権力を握っていたのは李淵(りえん)らでした。

その後、中国史最大の暴君とされる煬帝(ようてい)は殺害されてしまいます。

それを知った、李淵(りえん)は皇帝として担ぎ上げた皇帝から王がその位を世襲せず、有徳者に譲るとして、李淵(りえん)自ら皇帝として即位することになります。

この李淵(りえん)が唐(とう)の初代皇帝としてその名を歴史に刻むことになるのです。

ところが、李淵(りえん)が皇帝としてたった時、隋(ずい)の国には河北・江南などに局地的に存在している多くの常備軍的性格をもつ軍隊の長がいました。

その軍の長たちは、軍を私軍化し、その軍事力を背景として、政治的独立を保ち、

権力者としてふるまうものが、地方を拠点にたてこもっている状態で、唐(とう)が国を統一するのはまだ数年先の話になります。

 

まとめ

 

キングダム世界の信(しん)の子孫はついに皇帝にまでのしあがりました。

驚いた方もたくさんいらっしゃるのではないのでしょうか。

一番びっくりしているのはあの世にいる信(しん)だと思いますが・・・・。

子孫を含めると2度も中華を統一しているのですから。

ちなみに、李淵(りえん)の次男である李世民(りせいみん)は唐(とう)王朝史のなかで至高の名君とされていています。

始皇帝・政(しこうてい・せい)の二代目皇帝とはまったく違ってますね。

 

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