【キングダム】列尾(れつび)『臆病者の李牧(りぼく)が秘めた策とは!』

      2017/03/16


 

漫画キングダムでは、現在秦(しん)の連合軍が超(ちょう)への入り口をふさぐ蓋である列尾(れつび)攻略に向けて奮闘していますね。

李牧(りぼく)は策をめぐらし列尾を秦(しん)が守り抜くのを難しくしているようです。

いったいどのような秘策を李牧(りぼく)は用意しているのでしょう?

兵の食料の問題 !?

蒙毅(もうき)が言っていたことが、現実となったのでしょうか?

そして、下がって布陣した公孫龍(こうそんりゅう)の軍勢 !?

おもしろくなってきました!

戦いの行方はいったいどうなるのでしょうか?

そんなわけで、今回は列尾(れつび)攻めの展開を大胆にも予想してみたいと思います。

 

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キングダムで活躍している名将・李牧は実は臆病者だった!?

 

漫画キングダムでモンスター級の活躍を見せている趙(ちょう)の名将・李牧(りぼく)。

ところが、史実を見ていると、李牧(りぼく)が世に名を知らしめる前は臆病者として有名だったことを知っていましたか !?。

周りから臆病者と悪口をたたかれていて、趙(ちょう)の王様にも臆病者として将軍の位を取り下げられています。

今回は世にその名を轟かす前の李牧(りぼく)がどうして臆病者として悪口を言われていたのかをご紹介したいと思います。

さらに、そんな李牧(りぼく)だからこそできた、列尾(れつび)に施した策について予想してみました。

キングダム世界の李牧(りぼく)は趙(ちょう)の名将として知られる廉頗(れんぱ)や外交で秦(しん)とやりあった名宰相(さいしょう:現在の首相)です。

李牧(りぼく)が一躍その名を轟かすことになったのは趙(ちょう)との国境へ度々侵攻していた匈奴(きょうど)を撃退させたことがきっかけで将軍として出世してきました。

ところが、有名になるまでには散々な目に遭っている李牧(りぼく)でもありました。

李牧(りぼく)がはじめて史実に記されているのは趙(ちょう)と匈奴(きょうど)の国境を守る守備隊長としてです。

李牧(りぼく)はただの守備隊長ではなく司令官としてその任にあたるように趙(ちょう)の王様から命令されます。

 

李牧の国境警備時代

 

李牧(りぼく)は国境警備隊の司令官としてまずやったことは、匈奴(きょうど)と交易した金銭はすべて国境司令官の倉へ納金させ管理することでした。

さらに、この地にいる役人を李牧(りぼく)が面接してその任に当たらせました。

そして兵達には弓矢のもう特訓と共に騎馬隊ですばやく動けるように訓練をしています。

ところが、李牧(りぼく)は上記ような厳格な統治を行っていく一方、住民達にはある命令をだします。

その命令とは「城外で牧畜に携わっているものは匈奴(きょうど)が攻め込んできたらすぐに城内へ入るように」というもので、住民達に徹底させます。

さらに、兵士や部下の将軍達には「匈奴軍が攻めて来ても絶対に戦うな。もしこの命令を破ったら即座に死罪である」と命令しています。

こうして住民・兵士・将軍達に命令を通達し、匈奴(きょうど)が侵攻してきてもノロシを見て民はすぐに城内に避難し、兵士や将軍達も匈奴(きょうど)へ攻撃を仕掛けることをしないで、城内から応戦するだけにとどまります。

 

あいつ臆病者じゃね!

 

この李牧(りぼく)の政策によって北方の住民達は安全に牧畜を行い、兵士や将軍達はまったく被害を出さない状態が数年続くことになります。

しかし住民や兵士、将軍達は陰で「おれらの将軍はなんで匈奴(きょうど)と戦わないのだろう。

もしかしたら将軍は匈奴(きょうど)が怖くて戦えないのだろうか」と陰口をたたきます。

次第にこの噂はヒートアップし「あいつは匈奴と戦っても勝てないから城に閉じこもっているのだろう。

「臆病者め!!」と言って悪口を言い始めます。

この噂を聞いた趙(ちょう)の王様は李牧(りぼく)に「李牧よ。もし次に匈奴(きょうど)が攻めて来た時は城外に打って出て、戦え!」と命令が届きます。

しかし、李牧(りぼく)は「バカな!。なぜこの状態を維持しようとは思わないのだ」と反論します。

趙(ちょう)の王様は李牧(りぼく)の反論を聞いて怒ります。

そして趙(ちょう)の王様は李牧(りぼく)の司令官の位を取り下げてクビにしてしまいます。

その後新たに将軍が司令官として任命され匈奴(きょうど)に対して戦いを挑みますが、

匈奴(きょうど)の騎馬隊にコテンパンにやられてしまいます。

 

李牧復帰!そして・・・・

 

趙(ちょう)の王様は匈奴(きょうど)に趙(ちょう)の軍がコテンパンにやられたことを知ると李牧(りぼく)を呼んで、

「私が悪かった。再び司令官として行ってくれないか。」と頼みます。

李牧(りぼく)は趙(ちょう)の王様に「私が再び司令官として趣いた場合、すぐに以前の政策を復活させることになりますが、よろしいですな」と強い口調で念を押します。

それを聞いた趙(ちょう)の王様はうなずき、再度、李牧(りぼく)を司令官として任命します。

そして、李牧(りぼく)は復帰し、すぐに政策を元に戻します。

こうして国境付近に穏やかな時間の流れが戻ってくることになります。

 

匈奴に釘をさす!

 

李牧(りぼく)は徐々に今までの政策を見直し民達へ

「城外へ出て牧畜をしていいよ」

と許可をだしますが、一つ条件をつけます。

「匈奴(きょうど)が攻め込んできたらすぐに逃げるように」

と申し渡します。

匈奴(きょうど)は国境の民達が城外で牧畜している姿を見ると攻めはじめます。

しかし民衆や軍勢は李牧(りぼく)の命を守ってすぐに城内へ逃げ込みます。

何度かこのようなことを繰り返していると匈奴(きょうど)は李牧(りぼく)の軍勢が攻撃してこないことにつけこみ、調子に乗り始めます。

そこで、李牧(りぼく)は匈奴(きょうど)の注意がそれたときを見計らって守備隊に外へ出て山野に隠れていろと命令を出します。

この命令受け、趙(ちょう)の軍の大軍が山野に隠れます。

そして匈奴(きょうど)がいつものように民達を狙って、趙(ちょう)との国境近くへやってきた時に李牧(りぼく)率いる趙(ちょう)の大軍の待ち伏せ攻撃を受けます。

この攻撃によって匈奴(きょうど)は大きな痛手をこうむることになり、尻尾を巻いて一目散に領土内へ逃げ込んでいきます。

この匈奴(きょうど)を率いていた将軍は李牧(りぼく)の怖さがわかり、その後約十年間趙(ちょう)へ攻めてくることがなくなりました。

山の民の陽端和(ようたんわ)が見たのはこの時の光景だったのでしょう。

李牧(りぼく)の率いる趙(ちょう)の大軍が匈奴(きょうど)に対し釘を刺したことで国境は平穏になります。

趙(ちょう)は匈奴(きょうど)が攻めてこなくなったことで国境の兵を国内へ回すことができ、長平戦で大きな痛手をこおむった趙(ちょう)の軍の体力は少しずつ回復していくことになります。

臆病者として有名だった李牧(りぼく)が匈奴(きょうど)に対して大打撃を与えたことで、その名はいっきに知れ渡り、

その後も秦(しん)や燕(えん)との戦で活躍し、李牧(りぼく)の名は天下に轟くまでになります。

そして、中華統一をもくろむ、秦(しん)が超えなければならない最大の敵として立ちはだかることになっていくのです。

 

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王翦vs.李牧の列尾(れつび)攻防戦を大胆予測!

 

と、李牧(りぼく)の怖さがわかったところで、ここからは王翦(おうせん)対李牧(りぼく)の列尾(れつび)攻防戦の今後の展開を予想してみたいと思います。

城を落したという功積の宴もなく、総大将の王翦(おうせん)は城の中の構造の把握や点検をしています。

なぜならば、落城したらしたで、この列尾(れつび)は秦(しん)からの補給隊の要となるからです。

しかし、列尾(れつび)の城壁に立った王翦(おうせん)は、眼下に広がる状況を目の当たりにし、拳を握りしめ吐き捨てます。

 

『王翦は、この時に昌平君が練り上げた鄴攻めの戦略が音を立てて 崩れていくのを感じた』

 

こんなナレーションが入るのですから、よっぽどの事が起こったようですね。

一体、何が起こったというのでしょう !?

 

戦線にたどり着いていない李牧に振り回される

 

李牧(りぼく)はまだ秦(しん)との戦線にはたどり着いていませんね。

列尾(れつび)をあっという間に落としてしまった秦(しん)の連合軍はさすがといえますが、

臆病者あつかいされるほどの守備の戦術に長けた李牧(りぼく)の今後の鉄槌が怖いところです。

それはいったいどういう秘策なのか?

列尾(れつび)の城壁から城下を見渡した王翦(おうせん)は気づいたようですね。

昌平君(しょうへいくん)らが予想した予期せぬ展開へと向かうのでしょうか?

前回のキングダムの作中で、列尾(れつび)が落ちた事を知っ公孫龍(こうそんりゅう)将軍は、列尾(れつび)への迎撃を中止し、前線を下げて陽土(ようど)まで下がると命じています。

そして、列尾(れつび)にはすでに李牧(りぼく)が施した策が張り巡らされてあり、公孫龍(こうそんりゅう)将軍は、その策に秦(しん)の軍が嵌るのを待っているのです。

では、王翦(おうせん)が拳を握りしめるような李牧(りぼく)の奇策とは、どんなものなのでしょうか

 

兵の食料の断裂が確定 !?

 

それは焦土作戦(しょうどさくせん)ではないかと思います。

焦土作戦(しょうどさくせん)とは、古代から中国でおこなわれていた戦法で清野作戦(せいやさくせん)とも言います。

攻められる側(今回は趙(ちょう)の列尾(れつび)が、攻撃側(秦軍)に奪われる地域の利用価値のある建物・施設や食料を焼き払い、利用価値をなくして攻撃側に利便性を残さない、

つまり自国領土に侵攻する敵軍に食料・燃料の補給・休養等の現地調達を不可能とする戦術及び戦略の一種です。

なお、攻撃軍が退却に際し、追撃を遅らせるために施設や補給施設を破壊する場合も焦土作戦に含まれる。

兵の食料が途絶えてしまえばこの秦(しん)の大軍が侵攻することができなくなります。

当時の軍隊は、戦利品や場合によっては、食糧も敵に依存しているので、前もって、食糧や金品を持ち去られ、城壁を打ち壊されると兵士の士気は下がり苦境に立たされる可能性があります。

腹が減っては戦はできぬという言葉どおりになってしまいます。

いづれにしても、大軍の士気が低下してしまえば、この難しい攻略戦を戦い抜くことはできなくなります。

兵の食料が途絶えてしまうと気づいた王翦(おうせん)はこれからこの戦いをどう進めていくのでしょうか?

もしかすると、今後は今までともに副将として戦い続けてきた桓騎(かんき)にならう可能性もあるかもしれません。

 

戦いながら奪う !?

 

兵の食料が途絶えてしまうとなると、自分達で食料を調達しなければなりません。

であれば、軍の規律違反であろうと、信念にそぐわなかろうと誰かから奪い取るしかないでしょう。

しかも、そこにはその分野を得意とする元野盗の桓騎(かんき)とその軍団がいるのですから・・・。

「得意なんだよ!留守中に忍び込むのがな!!」

ってな具合にお手の物ということになりますね。

悪いとわかっていたとしても、自分たちの軍を生かすために略奪しながら侵攻していく展開が予想されるのです。

まっすぐな信(しん)はそれを許せるのか・・・。

もしかすると、これを許したときに、戦の本当の恐ろしさを知るのかもしれません。

 

すばやくそして少数で !?

 

この展開では、戦いながら奪っていくとしても、おそらく限界に達するのではないでしょうか。

これから、鄴(ぎょう)を攻めるまでの九城がもし廃墟のようになっているとしたら、

拠点となる城に食糧を備蓄できないので、補給に頼らざるを得なくなります。

それはなぜかというと、食糧を守る部隊を新たに編成しないとならず、城も利用できないので列尾(れつび)を越えて先に進めば進むほど、

趙(ちょう)の軍の攻撃に対し、かなり弱い戦いしかできない事になります。

さらに、攻める城が廃墟ばかりとなると、桓騎(かんき)の軍団に代表される略奪が士気になっている兵たちは、間違いなく戦意を喪失することになるでしょう。

こうして、戦勝を重ねつつ、精兵を作り上げて鄴(ぎょう)で李牧(りぼく)と最終決戦を挑むという王翦(おうせん)や昌平君(しょうへいくん)の速攻戦の計画は崩れ、

後方に下がり待機しながら、完全に守りを固めるであろう公孫龍(こうそんりゅう)を相手に、泥沼の耐久戦を戦う、ということにもなりかねません。

だから、武功を挙げない兵に食わしている場合じゃなくなるわけですよ。

働かざるもの食うべからずですからね。

そうなると、王翦(おうせん)はどうするか・・・ !?

これが史実にも記されているように、武功のない者を帰らせて、精鋭だけを残していくわけです。

そして、速攻で九の城を落とした理由でもあると思いませんか。

「腹が減っては戦はできぬ」ですからね。

 

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まとめ

 

秦(しん)の王翦(おうせん)軍は奇襲に成功し、李牧(りぼく)は運悪く後手に回っているので、列尾(れつび)に大規模な策をほどこすことはできなたったようです。

ただ、焦土作戦ならば、伝令鳥で指示しておけばできることなので、列尾(れつび)に兵を配置して、住民が逃げる時間を稼いだということなのでしょう。

今後王翦(おうせん)たち秦(しん)の軍が攻めるであろう九城においても住民は逃げてしまっていて、もぬけのからかもしれませんしね。

さてさて、予想はどうなるのでしょうか。次回のキングダムが楽しみですね!

 

 

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