【キングダム】李信(りしん)の最後!

   


 

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引用:キングダム公式ガイドブック覇道列記

 

【キングダム】李信(りしん)の最後!

 

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紀元前220年、長きに渡った大戦争が最後を向かえたにも関わらず、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)は、全国の富豪を強引に秦(しん)の帝都、咸陽(ていと・かんよう)に集めたり、

お金が掛かる中華全土を見て歩ったり、万里の長城を建設したり、馬鹿デカイ宮殿、阿房宮(あぼうきゅう)を建設したり、

自分の墓である驪山陵(りざんりょう)や兵馬俑(へいばよう)の規模を大きくしたりします。

 

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不老不死を切望する始皇帝

 

咸陽(かんよう)の西部、隴西(ろうせい)の地を支配する侯(こう)の位を与えられた信(しん)は、大きな屋敷で武官貴族として暮らすようになります。

しかし、その頃から、始皇帝は大きく変わりはじめた事を知ります。

そして、重税と労役に苦しめられている民を見て、信(しん)は自分達が命を賭けて進んできた道はなんだったのか?

と大きな疑問を感じていました。

蒙恬(もうてん)は、始皇帝の子、扶蘇(ふそ)を補佐して、北方のオルドスへ去り、王賁(おうほん)とも疎遠になりました。

始皇帝と昔話をしようとしても、毎日忙しそうに仕事に追われる始皇帝とは、めったに面会する事はかないません。

昔話を出来る相手は、妻になった羌瘣(きょうかい)、たまにやってくる尾平(びへい)のような自分のかつての戦友だけになってしまいました。

始皇帝(しこうてい)の何度目かの全国を見て回るための旅の行列が、咸陽(かんよう)に戻って来た時の事、

年老いた信(しん)は、小高い丘の上に、一人の旅の青年を見つけました。

彼こそは、後に秦(しん)を滅ぼして、400年続く漢帝国(かんていこく)を起こした劉邦(りゅうほう)です。

もちろん、信(しん)も劉邦(りゅうほう)も、この時、そんな事は思いもつかないことであったことでしょう。

 

劉邦(りゅうおう)

「はぁーっ、すげぇもんだな、男として生まれたらあんな風になりてぇや!」

信(しん)は、久しぶりに聞く真っすぐで、素直な声にひかれ、劉邦(りゅうほう)に近づきました。

見るからに、田舎臭い姿の貧しい青年ですが、その澄んだ大きな瞳は、どことなく、大昔に見た、政(せい)の瞳に似ていました。

信(しん)

「お前、男として生まれたら、皇帝(こうてい)になりたいか?」

信(しん)が話しかけると、青年は、まったく動揺もせずに言います。

劉邦(りゅうほう)

「おう、なれるもんならな、立派だもんなぁ」

信(しん)

「なれるさ・・・、諦めなければな、俺達が昔、そうだったように・・・」

劉邦(りゅうほう)

「あん?なんか言ったかぃ?」

信(しん)

「はっはっはっ・・これからは、お前達の時代だと言う事だ・・」

信(しん)は、口元に微笑みを浮かべていました。

キングダム最終回で信(しん)はこんな最後を向かえるのではないでしょうか!

史実と漫画キングダムの展開予想と組み合わせて、個人的に妄想してみた漫画キングダムの最終回の描写です。(笑)

 

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信(しん)は史実では最後はどうなったのか?

 

この時代の史料はほぼ『史記』しかありません。
実際には、秦(しん)の国の史官がまとめた歴史の記録もあったはずですが・・・、

さらに、他の六国のまとめた歴史の記録もあったはずでが・・・、

焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)とは、中国を秦(しん)王朝が統治していた時代に発生した思想弾圧事件が起こります。

焚書・坑儒とは、「書を燃やし、儒者を坑する(儒者を生き埋めにする)」の意味。

さらに、後に秦(しん)を攻めてくる項羽(こうう)の咸陽(かんよう)への放火で多くの史料が焼失した可能性が高いのでしょう。

現在においては、司馬遷(しばせん)がまとめた『史記』以外の史料は、まとまっていた書物・文献などは散りうせたため、

『史記』に記述がないことは、不明ということになってしまっています。

信(しん)に関しては、列伝(れつでん)が記されていないため、王翦列伝(おうせんれつでん)などから記録を取り出すしか情報がありません。

ですので、信(しん)という人物はよくわからない謎の人なのです。そして、なぜ記録がないのか、実は不思議な人物なのです。

信(しん)の子孫にあたる李広(りこう?)は司馬遷(しばせん)と同時代を生きた弓の達人で、岩を貫くほどの強弓を射る事ができる人物でした。

また、漢の「飛将軍」と呼ばれ、名将の誉れ高い人物で、列伝も記されているほどの人物です。

しかし、そこでも、信(しん)と李広(りこう?)の具体的な関係は示されていません。

信(しん)の子や孫の名前は不明なのです。

わざと書かなかったのか、史料がなかったのか、これは司馬遷(しばせん)に聞かなければ分かりませんが、

記述があってもいいのではないのかと思えるところの、記述がないことが不自然な感じもします。

しかし、奇妙なことに、この時代よりずっと後代に成立した『新唐書』には信(しん)の家系が細かく記されています。

『新唐書』の表第十には、李信。その子が李超。その子が2人で、弟が李仲翔。その子が李伯考。その子が李尚。その子が李広とあります。

とにかくこの記録がどこから出てきたのか謎ですし、怪しいのです。

というのには続きがあり、この家系から五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)の西涼を建国した李暠へつながり、

さらにこの子孫が、唐を建国した李淵ということになっているのです。

おそらくは、この家系図は李淵を名門の出身に仕立て上げるために作成されたものだろうと考えられています。

ちなみにこの記録を信用するとすれば、信(しん)は秦(しん)の大将軍で隴西侯(ろうせいこう)。

李超(りちょう)は漢の大将軍で漁陽太守ということらしいのです。

楚漢戦争のことも考えれば、つじつまが合わないような気がしてなりません。

信(しん)が生きていれば、章邯(しょうかん)が秦(しん)の軍を率いることもなかったでしょう。

とにかく、まったく『史記』に記録の記されていない、この『新唐書』の記録は怪しいのです。

信(しん)やその子がどうなったのかは、まったくの謎なのです。

 

まとめ

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

みなさん、どうも!torajirouです。

この記事で何が言いたいのかと言えば、最後まで主人公の信(しん)は死なないし、その後子孫も残しているよということです。

みなさんわかっているとは思いますが、ハラハラ、ドキドキさせられても、間違いなく秦王・政(しんおう・せい)と信(しん)は中華を統一します。

原先生も公式ガイドブックのインタヴューで中華を統一したら漫画キングダムは終らせると言っていますので、

次は漢(かん)の時代の漫画を書くのではないのかなと思って、上記のような最終回の描写を予想してみたわけです。

それにしても、中国古代史て、ロマンがありますよね!

 

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引用:漫画キングダム公式ガイドブック覇道列記

 

 

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