【キングダム考察】信と王賁が大将軍になるのはいつなのか !?

   

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信(しん)や王賁(おうほん)が大将軍として活躍する日が来るのは間違いないでしょう。

ただ、その日がいったいいつ来るのかは、まだ明らかになっていませんね。

おそらく、今回の鄴攻め(ぎょうぜめ)か、朱海平原の戦い(しゅかいへいげんのたたかい)で、信(しん)や蒙恬(もうてん)そして王賁(おうほん)が将軍になる武功をあげるのは間違いないでしょう。

しかし、そこから大将軍へと登りつめるのも、かなり大変な感じがします。

そもそも、六大将軍という制度が、秦王・政(しんおう・せい)の時代に作られるのかどうかもわかりませんしね !?

 

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趙攻めで将軍となる!

 

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信(しん)にとって宿敵とも言える李牧(りぼく)がいるのが趙国(ちょうこく)ですね。

史実的に見てみると、この国は、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)が現れる、春秋戦国時代に二番目に滅亡する国です。

最初が韓(かん)でその次に趙(ちょう)が滅び去ります。

そして、この時の趙(ちょう)との戦いで、信(しん)は趙(ちょう)の都邯鄲(かんたん)の攻撃に加わってはいません。

他の所に遠征していたと記されています。

torajirouが妄想するには、おそらく李牧(りぼく)は、悼襄王(とうじょうおう)が送った刺客から逃れるために、その子である嘉(か)と共に代(だい)という国を建てるために逃亡することになっていくのでしょう。

そして、邯鄲(かんたん)を王翦(おうせん)と共に攻めているのは羌瘣(きょうかい)でした。

羌瘣(きょうかい)は、この戦いで史実からフェードアウトしてしまいます。

羌瘣(きょうかい)に何が起きたのでしょう !?

今のところ分りませんが、王翦(おうせん)将軍と共に将軍として登場していますので、朱海平原の戦い(しゅかいへいげんのたたかい)で羌瘣(きょうかい)も将軍になるくらいの武功をあげるのではないでしょうか。

 

韓と趙と燕は騰と王翦が主役

 

韓(かん)と趙(ちょう)の滅亡。

韓(かん)については、騰(とう)が総大将として滅ぼしています。

信(しん)や王賁(おうほん)が大将軍として戦った記録はなく、この時点ではまだ将軍となっているのかもわかりません。

状況が変わるのは、魏(ぎ)との戦いからです。

その直前の燕(えん)を追い詰める戦いにおいては、王翦(おうせん)と王賁(おうほん)が共に戦っています。

この時点では王賁(おうほん)もまだ大将軍という感じではないですね。

しかし、魏(ぎ)との戦いではなんか感じが大きく違っています。

 

王賁が最初の大将軍

 

魏(ぎ)が滅びるとき、王賁(おうほん)が水責めの策で攻めた話しは、かなり有名です。

ここでは、王賁(おうほん)が総大将として見事に魏(ぎ)を攻め滅ぼしています。

この段階で王賁(おうほん)が大将軍となっているのはおそらく間違いないでしょう。

その直前の燕(えん)での戦いの武功が認められて昇格したと考えられますね。

信(しん)に関しても、燕(えん)が秦王・政(しんおう・せい)に刺客を送ったことで、その首謀者を討ち取っています。

燕(えん)での戦いでは王翦(おうせん)の軍に信(しん)と王賁(おうほん)が入っていた形となっています。

 

信の大将軍は楚との戦い

 

信(しん)が大将軍として戦いに登場するのが楚(そ)との戦いです。

項燕(こうえん)に大敗北する事になりますが、20万の兵を率いる軍勢の大将軍として史実に記されています。

共に戦う副将は、なんと蒙恬(もうてん)。

10万に分かれての攻撃で、最初のうちはは見事に勝ち進みます。

この段階で、信(しん)が大将軍になっているのはほぼ確定でしょう。

ということは、やっぱり王賁(おうほん)と同じで、燕(えん)との戦いでの武功が認められて大将軍に昇格という線が有力ですね。

蒙恬(もうてん)については、史実的に見ると、信(しん)や王賁(おうほん)よりも若いので、本来の活躍するのは中華統一の後ということになります。

韓(かん)と趙(ちょう)、そして燕(えん)での秦王・政(しんおう・せい)の闇討ち未遂事件に対する報復としての侵攻。

ここまでは、この三部隊が全て王翦(おうせん)の軍に組み込まれていたと考えてもいいのではないでしょうか。

朱海平原の戦い(しゅかいへいげんのたたかい)後、失った側近の穴埋めとして信(しん)・王賁(おうほん)・羌瘣(きょうかい)を王翦(おうせん)の軍に加えるという展開も考えられますね。

 


 

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