【キングダム 考察】王騎大将軍は二人いた!

   

 

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古代中国の春秋戦国時代を舞台にした漫画キングダムにおいて、第543話の時点で史上最強ではないかと言われているのは王翦(おうせん)ですね!

しかし、 この時点でもキングダム好きから根強い人気を誇っている将軍と言えば・・・。

はい!それは、王騎(おうき)将軍ではないでしょうか !!。

今でも多くのまとめサイトで話題となり、漫画キングダムの人気ランキングでも上位にランキングする等、不動の人気を誇る王騎(おうき)将軍。

そこで、前にアメトークでも取り上げられ、漫画キングダムの火付け役にもなった秦(しん)の怪鳥、王騎(おうき)大将軍について、改めて考察してみます。

※この記事には漫画キングダムのネタバレが含まれています。

 

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漫画キングダムの時代とは?

 

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漫画キングダムの舞台は、三国志(さんごくし)でも、項羽(こうう)や劉邦(りゅうほう)の時代でもありません。

始皇帝(しこうてい)が中華を統一する前という、日本では、あまり馴染みのない春秋戦国時代(しゅんじゅうせんごくじだい)です。

普通なら気にすることもない古代の中国に、なぜ漫画キングダムファンはそそられるのでしょうか?

それは、ストーリーを構成する、熱い男達のバトルがメチャカッケーからでしょうね。

三国無双さながらに、雑魚の兵を叩き斬り、火花を散らす武将対武将の命をかけた戦いに、漫画キングダムファンは心を奪われるのでしょう。

男のロマンとでも言うんでしょうかね!

さて、そんな漫画キングダムでも一番の人気を誇る武将と言えば、言わずと知れた王騎(おうき)大将軍ですね!

 

秦の怪鳥王騎大将軍とは?

 

秦(しん)の六大将軍の一人にして最期の生き残り、怪鳥のように戦場に現れて、劣勢を瞬く間にひるがえしてしまう。

そんな王騎(おうき)大将軍は敵には怪鳥と呼ばれ恐れられた武将でした。

そんな王騎(おうき)、大将軍ではあるんですが、ムキムキのマッチョでヒゲまではやしているのに、唇には真っ赤な口紅を塗り、オネェっぽい話し方で、口元に手を当てて「コココッ!」と笑うある意味、キモイキャラなんです。

普段は、オカマぽい王騎(おうき)ですが、大将軍としていざ戦場に立つと、すごい迫力で凄みを見せて敵を恐れさせ、味方を引っ張っていく、すごく頼りになる兄貴(アネゴ?)ぶりを発揮します。

「この死地に力ずくで活路をこじあけます。皆の背には常にこの王騎(おうき)がついていますよ」

この一言で崩壊寸前の秦軍(しんぐん)は士気を上げ、何度も劣勢をくつがえして敵を破ってきたのです。

さて、そんな王騎(おうき)大将軍、どうせ漫画キングダムだけに登場するフィクションの武将だと思っていませんか?

いいえ!これが不思議なことに、ちゃんと史実に名を残しているんです !!

 

王騎は史実に名を残していた!

 

王騎(おうき)について史実に記したのは、あの前漢時代の歴史家、司馬遷(しばせん)でした。

王騎(おうき)大将軍は、秦始皇本紀(しんしこうほんき)に登場します。

折角ですからその記述をご紹介します。

・紀元前257年(昭襄王50年)、趙(ちょう)の邯鄲(かんたん)を包囲した

・紀元前247年(荘襄王3年)、 韓(かん)の上党(じょうとう)を攻めて太原郡(たいげんぐん)をおいた。

・紀元前246年(秦始皇元年)秦王・政(しんおう・せい)が即位すると蒙驁(もうごう)と麃公(ひょうこう)と共に将軍に任じられる

・紀元前244年(秦始皇3年)同僚の蒙驁(もうごう)が韓(かん)を攻め十三城を取るも同年に死没。

以上です。

王騎(おうき)大将軍についての記述はこれだけ・・・。

あんまりにも、少なすぎですよね?

これだけで、天下無敵の大将軍とは、漫画キングダムは話しを盛り過ぎですね!

 

王騎は二人いた !?

 

しかし、不思議な事に王騎(おうき)と同じ人物だったかもしれないと言われている王齕(おうこつ)という将軍も史実では存在しています。

王齕(おうこつ)の略歴は、秦本紀(しんほんき)に記されていて、秦始皇紀(しんこうき)には記されていませんが、

その記述は、王騎(おうき)よりも、かなり複雑で多彩です。

・紀元前260年(昭襄王47年)趙(ちょう)を討って上党(じょうとう)を取った

趙(ちょう)も反撃してきたので、秦(しん)は内密に白起(はくき)を増援させて上将軍とし、王齕(おうこつ)をその副将とした、長平の戦い(ちょうへいのたたかい)では、趙(ちょう)を大いに破った。

・紀元前259年(昭襄王48年)白起(はくき)に代わって将として趙(ちょう)の武安君(ぶあんくん)を討ち皮牢(ひろう)を取る。

・紀元前258年(昭襄王49年)王陵(おうりょう)が趙(ちょう)の邯鄲(かんたん)を攻めて増軍した。戦況が思わしくないので王齕(おうこつ)が代わって将となる。

・紀元前257年(昭襄王50年)、邯鄲(かんたん)を攻めたが落とせないので、汾城(ふんじょう)郊外の秦軍(しんぐん)と合流した。その後、魏(ぎ)を攻め首を斬ること6千名。魏軍(ぎぐん)は敗走し、黄河(こうが)で2万人が流れ死んだ、汾城(ふんじょう)も攻め落とし張唐(ちょうとう)に従って寧新中(ねいしんちゅう)を抜いた。

・紀元前247年(荘襄王3年)、韓(かん)の上党(じょうとう)を攻めて、太平郡(たいへいぐん)をおいた。魏(ぎ)の信陵君(しんりょうくん)が五カ国連合軍を率いて秦(しん)を攻めてきたのを蒙驁(もうごう)と迎え撃ったが敗れた。秦軍(しんぐん)は河内から河外(河南の地)に退却し、その軍を解散した。

 

王騎と王齕

 

時代的に、重なる戦歴が多い事から、歴史家たちは、王騎(おうき)と王齕(おうこつ)を同じ人物と見ています。

王騎(おうき)の中国語表記は「王齮」で偏が同じだったりもしています。

そう考えると、王齕(おうこつ)は、秦(しん)の名将、白起(はくき)の副将として長平の戦い(ちょうへいのたたかい)で趙(ちょう)に勝利し、趙(ちょう)の武安君(ぶあんくん)を葬り、魏(ぎ)に勝利したり、韓(かん)の上党(じょうとう)に侵攻して太平郡(たいへいぐん)という領地を造ったり、かなりの活躍をしているということになります。

たぶん、漫画キングダムの王騎(おうき)のキャラ設定の半分は、この王齕(おうこつ)でしょう。

要は、漫画キングダムに登場する王騎(おうき)の強さは決して創作ではなく、史実上の人物に裏打ちされたものなのです。

もっとも、口紅を塗ったり、オカマキャラだったり、「コココッ!」と笑うというのは創作でしょうけどね・・・。(笑)

 

王騎大将軍はどう逝ったのか?

 

漫画キングダムオリジナルのキャラ設定と言えば、王騎(おうき)大将軍を逝かせた、趙(ちょう)の三大天、龐煖(ほうけん)がいます。

漫画キングダムでは、強者だけを求める武神で、倒した強者が神への供養になると考えている、修練が極みに達したときだけ現れる求道者のような龐煖(ほうけん)ですが、史実的には、そんな人物ではありません。

 

史実に記された龐煖

 

史実に記されている龐煖(ほうけん)は、趙(ちょう)ではなく、燕(えん)の哲学者であり、軍学者であり、縦横家であり、弁論家でもあったそうです。

多彩な才能を持つ知的将軍だったようです。

その性格も漫画キングダムのような、戦場で完全に個として動くような感じではなく、趙(ちょう)の将軍だった劇辛(げきしん)は、龐煖(ほうけん)を親しみやすい性格だったと記しています。

漫画キングダムの龐煖(ほうけん)とは、まったく違い、親しみやすく知的な将軍だったのです。

 

王騎大将軍の最期

 

漫画キングダムの作中では、龐煖(ほうけん)の矛(ほこ)を胸に受け、自らの意思と矛(ほこ)を主人公の信(しん)に託して逝ってしまった王騎(おうき)大将軍ですが、

今でも、漫画キングダム好きに惜しまれていて、原作者の原先生でさえ、

「歴史の都合とはいえ、どうやったら王騎(おうき)が死ぬのか分からない」

とまで言わしめた、秦(しん)の怪鳥、王騎(おうき)大将軍。

その人気は逝ってしまった後も続いているようです。

王騎将軍を三国志で言うなら?

三国志で例えるなら、猛将呂布に、張遼の義理難さと思慮深さを足した、そんな感じが王騎(おうき)という大将軍なんじゃないですかね。

「コココココ・・・・・」

 

実は王騎の先祖は周の王族だった?

 

王騎(おうき)は、秦(しん)に代々仕えている、王氏の家系なんだそうです。

つまり、王翦(おうせん)や王賁(おうほん)が本家で、王騎(おうき)は分家という事になります。

その王氏、実は、先祖を遡ると周(しゅう)の王室の太子にまでたどり着きます。

王騎(おうき)は、太原王氏という一族なのですが、そのルーツは、周(しゅう)の24代霊王(れいおう)の太子で姫晋(きしん)という名前で、字は乔(かい)

皇太子なので太子晋(たいし・しん)と呼ばれました。

太子晋(たいし・しん)は聡明な人物でしたが、寿命には恵まれず、父よりも先に、紀元前549年に16歳で逝ってしまいます。

周(しゅう)の王位は、次男の姫貴が継いで、景王として即位します。

すると、景王は、兄の太子晋の息子の姫宗敬(き・そうけい)を登用し、

姫宗敬(き・そうけい)は、周(しゅう)の司徒として高位に昇り仕えました。

しかし、その頃から諸侯同士の争いは激しくなり、周(しゅう)の勢いは衰えるばかりでした。

王朝の没落を悟った宗敬(そうけい)は、周(しゅう)の役人を辞めて、晋陽という都市に行きそこで亡くなります。

周(しゅう)を見限ったので、姫姓を使う事がなくなり、代わりにかつては周(しゅう)の王族だったという意味で、王の姓を名乗るようになったそうです。

その後の晋陽の太原王氏からは、著名な人が続々でるようになり、初代の太子晋から数えて、18代目が王翦(おうせん)にあたるということです。

そう考えると王翦(おうせん)が王位を狙っているという噂は、

「俺だって、ルーツをたどれば秦(しん)の本家筋にあたる周(しゅう)の王族なんだぜー」

という密かな自負心があるせいでしょうか・・・。

 

王騎の年齢は?

 

王騎(おうき)の年齢については、具体的な事は分かりません。

紀元前244年に同僚の蒙驁(もうごう)が韓(かん)を攻めて13城を攻め取るも、同年死没と書かれているので、紀元前244年が亡くなった年です。

しかし、初めて史書に出現するのが、紀元前257年であり、この時には、趙(ちょう)の邯鄲(かんたん)を包囲していますから、すでに大将軍だったと考えていいのだと思います。

王騎(おうき)程の強さがあれば、20代で大将軍でもいいかもしれませんが、十万単位の軍を率いるとなれば、30代後半くらいが妥当と考えて、生年は、紀元前292年と仮定して、紀元前244年没なら、48歳で亡くなったという推測ではダメでしょうか?

アニメ版の王騎(おうき)は、40代くらいの感じがしましたので、そんなにズレていないとはおもうのですが、いかがでしょうか?

 

王騎の声優は誰?

 

漫画でもオネェ口調が特徴的だった王騎(おうき)大将軍ですが、それはアニメ版でさらに強調されていましたね!

アニメキングダムの声優は小山力也さんで、野太い男らしい声なのに100%のオネェ口調というギャップがファンの心を奪いました。

torajirouも王騎(おうき)の声のイメージは小山さんがハマっていると思います。

小山力也さんは、王騎(おうき)以外にも、名探偵コナンの毛利小五郎(二代目)蒼天航路の呂布奉先の声も担当しているようです。

小山さんは、洋画でも活躍していて、ジョージ・クルーニーや24のジャックバウワーの声も担当していますよ。

いずれもブラックコーヒーが似合う大人な雰囲気の人物ばかりですね。

 

まとめ!

 

なんと!王騎(おうき)大将軍の子孫となる太原王氏の末裔は日本にもいるそうです。

それが、欽明天皇の時代に五経博士として大陸から大和朝廷に帰化した方々で、子孫は河内国交野郡および錦部郡の山田郷に本拠地を置き山田の姓を与えられたとの事です。

はい!この記事を読んでいる、全国の山田さん!!

あなた、実は遠い先祖が王騎(おうき)大将軍に繋がっているかも知れませんヨォ!!!

「コッコッコッコッ!!!」

 


 

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